Instructive Night


   


「アッテンボロー、なんだか嬉しそうだな?」
「何かいいことでもあったのかい?」

山盛りの昼食を小気味良い速さで片付けていく後輩へ、ラップは探るような目を向けながら問いかけた。続けてヤンも穏やかに笑いながら尋ねる。

「わかります?当ててみてくださいよ」

猛烈な勢いで料理を口に運びながらも、アッテンボローはにやにや笑いを崩さない。ヤンとラップは、その旺盛な食欲に目を丸くしながらしばし考える。

「意中の女の子と付き合うことになった…とか?」
「レポートで予想外にいい点がもらえた…とか?」

吹き出しそうになるのをようやく堪えてスープで飲み下すと、アッテンボローは声をあげて笑った。
ふたりの先輩が意図せず同時に言葉を発したことと、その回答のあまりの『らしさ』に。

「残念でした〜。どちらもハズレです」
「おい、勿体ぶらずに教えろよ」
「今日は天気がいいから…食後のお茶は外にしませんか?」

憮然とするラップをさらりとかわし、意味深な顔で提案する。見れば後輩のトレイは、ふたりの先輩が回答することに気を取られている間に、殆ど片付いていた。


ヤンは紅茶、アッテンボローはブラックコーヒー、ラップは少し迷いながら砂糖とミルク入りのコーヒーを選ぶ。結局いつもどおりの飲み物を手に、3人はこれまたすっかり指定席になった中庭の大樹の元に陣取った。

「さあ、何があったのか聞かせてもらおうじゃないか」
「これだけ引っ張ったんだから、それなりの内容だろうね?」

ずい、と詰め寄るふたりから仰け反るように顔を離すと、アッテンボローはぐるりと周囲を見回した。付近に誰もいないことを確認すると、今度は自分から先輩達に顔を寄せる。

「実は………」

あまりに小さな声だったので、ヤンとラップは聞き漏らさないように更に顔を寄せた。

「宝くじが、当っちゃったんです」
「「ええーーっ!?」」

至近距離で発せられた叫び声に、アッテンボローは顔を顰めて両耳を塞いだ。

「せ、せんぱい〜〜〜〜〜」
「おまえ、そんなもの買ったのか!?」
「で?いくら当ったんだ?」
「先輩たち、声が大きすぎますよ〜〜〜」

しかめっ面のままでアッテンボローが囁いた金額は、およそ彼等の小遣い1年分に相当する額。1等賞金には遠く及ばないが、彼等にとっては十分な大金だ。今度はふたりから感嘆の溜息が漏れる。

「当る筈のないものだと思ってたけどなあ……」
「ちきしょー、なんでおまえだけ!世の中不公平だ!」
「え?ラップ先輩も、買ったんですか?」
「いいや。買うわけないだろ!?」

買わなきゃ当る筈ないじゃないですか!と言おうとして、アッテンボローはその言葉を飲み込んだ。ふたりの顔つきが些か険悪になったように見えたからだ。ここはさっさと本題に入って機嫌を直してもらうに限る。

「週末、飲みに行きませんか?ど〜んと豪華に!奢らせていただきますよ」
「おっ、そう来なくっちゃな!」
「ラップ、悪いよそれは。アッテンボロー、普通に一杯奢ってくれればいいから」
「ヤン、遠慮することないさ。コイツがそう言ってるんだから」
「そうですよ、ヤン先輩。外泊届を出して、門限気にしないで、朝まで思いっきり飲みましょう!」
「えっ……?」

それまで乗り気だったラップが怪訝な声を上げたのに気づかず、アッテンボローは上機嫌でヤンを誘い続ける。

「俺、先輩が酔ったところって見たことないし、一緒に思う存分飲んでみたかったんですよねー。ね、先輩、いいでしょう?」

困ったような笑顔を浮かべ頭を掻いているヤンを押し切ると、アッテンボローは週末の『朝まで飲み会』をさっさと決めてしまった。
「アッテンボロー、それは止めといた方がいい…」と、ラップが控えめに、だが真剣に発した助言は、ついぞ聞き入れられることはなかった。



普段の飲み会には縁の無い、値段も敷居も高いダイニングバーで、3人は舌鼓を打っていた。
団体生活に慣れた彼等の味覚では何を食べても美味いと感じたに違いないから、味にも定評があるらしいこの店で育ち盛りの胃袋を満たすのは、実に勿体無い話なのだが…。
熱心に情報を集め店を探したアッテンボローは、先輩たちの賛辞を聞きながら、いたってご機嫌でグラスを重ねていた。既に3本目のワインが空になろうとしている。

「ふ〜っ、食った食った!」
「1週間分ぐらい食べた気がするね」
「俺ももう食えませ〜ん。でも、まーだ飲めますからね。次、何にしますかぁ?」
「アッテンボロー、もう止めといた方がいい。おまえ結構飲んでるよ?」
「そうだぞ。おまえまだ16だろうが?」
「だ〜め!朝までせんぱいと飲み比べするんですからー!」

辺りを憚るようにラップが小声でたしなめたが全く意に介さず、彼は通りかかった店員をつかまえると、ブランデーをボトルで注文してしまった。

「お、おい!ブランデーなんて…。おまえ、無理だよ?」
「せめてウイスキーの水割りぐらいにしろよ、な?」
「や!や・で・すっ!美味しい食事の後にブランデー。いっぺんやってみたかったんスよね〜♪」

それはフルコースのディナーの後とかだろう?ダイニングバーでやるか?とツッコミを入れようと思ったが、あまりに嬉しそうな後輩の様子に、ヤンとラップは顔を見合わせてやれやれと溜息をついた。
どうせこの店は、あと一時間程で閉店。その後は馴染みの朝まで営業している安い居酒屋に移る予定だった。そこではジュースでも飲ませるとして、それまで何とかコイツにあまり飲ませないようにするしかないな…と、ふたりは目顔で語り合う。

「せ〜んぱい。はい!飲んれくらさいねぇー」

どぼどぼと音をたてて自分のグラスに注がれるブランデーに、ラップは驚いて声を上げた。

「こ、こら!こんなにいっぱい注ぐヤツがあるか!」
「アッテンボロー、いいかい?ブランデーはこうやって温めながら飲むんだ」

アッテンボローの手からボトルを奪うと、ヤンは彼と自分のグラスの底に、ほんの少しだけブランデーを注いだ。手のひらで包み込むように持ち、手首を返すようにしながらグラスを揺らす。琥珀色の波が緩やかにうねり灯りを弾く様を、まるで魔法でも見るような目で見ていたアッテンボローも、見よう見まねで自分のグラスを揺らす。

「ほら、いい香りがしてきただろう?これを舐めるようにちびちびと飲むのさ」
「へぇ〜、ヤンへんぱい、詳しいっスね〜」
「どうせなら、ちゃんと本格的に飲んだほうがいいだろ?」
「そうそう。オトナの男を気取って、カッコよく!な?」

ニコニコと笑いながら教えられたとおりにグラスを口に運んだのだが、アッテンボローは咽てげほげほと咳き込んでしまった。ブランデーの強すぎる芳香と、酔って加減が分からず、ゴクリと飲んでしまった所為なのだろう。大丈夫か?と声をかけながらラップが背中を擦ってやっている。その彼と目を合わせながら、ヤンは小さく頷いた。これで少なくとも、がぶ飲みだけは阻止できたな……と。
涙目になりながら顔を上げたアッテンボローに、ヤンは更にレクチャーを続ける。

「ゴクリと飲んじゃダメだ。ほんの少し口に入れたら、中で含むんだよ。自然に広がっていくだろう?」

アッテンボローは真剣な眼差しでもう一度挑戦したが、苦い薬でも飲まされたようにぎゅっと顔を顰めた。その様子に堪えようとしても笑いが零れてきて、ヤンは下を向いて表情を隠す。こっそりと上目遣いにラップを伺うと、彼もさりげなく顔を背けるようにして含み笑っているのが見えた。
どだい無理な話なのだ。彼等が普段口にするのは、ビールかチューハイ、せいぜいが薄い水割りといったところ。それも月に二度もあればいいほうだ。冷たい酒は幾らかでも飲み易いが、常温で飲む生のままのブランデーは、飲み慣れた者でさえ喉を通りにくい。アッテンボローが美味いと感じて飲めるはずもなかった。それでも先輩たちの制止を振り切って注文した手前、文字通り舐めるように飲み続け、そのうち味に慣れたのか、はたまた酔いが回って味覚も感覚も鈍ってしまったのか、それなりの量を飲んでしまったのだけれど……。



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