収穫祭


士官学校の夕暮れ時。
腹ペコの候補生達が食堂に集まり始める頃、入れ替わりのように店じまいするカフェテリア。
飲み物とケーキやサンドイッチ程度の軽食を提供し、ティータイムには賑わいを見せるこの場所も、今は利用者のいなくなったテーブルと数台の自動販売機が並んでいるだけの空間だ。
入口のドアを細めに開けて中の様子を窺い人気の無いことを確認すると、アッテンボローはふたりの先輩を招き入れた。その手に茶色の紙包みを抱えている。
一番隅のテーブルに就いたとたん、ラップは不機嫌さもあらわにアッテンボローを促した。

「何の用だか知らないが、早くしてくれ!」
「すいません、ラップ先輩、ヤン先輩も。 あの〜腹減ってますよね?」
「当たり前だろっ!?メシ食いに行こうとしてたんだから!」
「まあまあ……。そんなに怒ってたらアッテンボローだって話ができないよ?」

ラップの剣幕に首を竦めて縮こまった後輩を、庇うようにヤンがとりなす。

「すみません、すぐ済みますから。先輩達にこれを食べてもらいたいだけなんです。で、それをビデオに撮らせてもらえませんか?」

茶色の紙包みを開くと、中から出てきたのは一房のバナナだった。
なんでいきなりバナナなんだ?
訳がわからないと言うように顔を見合わせるふたりに、アッテンボローは説明を始めた。

「実は、文化祭の出し物として、果物で萌えよう…じゃなくて、果物で燃えよう企画をやることになりまして……。その、果物を食べてる様子をですね、映像に撮って流すんです。人間がものを食べてる姿って結構面白いんじゃないかってことで。あ、もちろん顔は撮りません。鼻から下ぐらいで、誰だか判らないようにしますんで。お願いします!」
「文化祭って……まだ半年近くも先のことじゃないか。なんで今頃から?」
「そうだ。それに俺達に頼まなくても、クラスの連中がいるだろうが!」
「いや、あの、だからですね。早くから準備して、クラス以外からも、なるべく沢山集めたいんです。せんぱ〜い、お願いしますよ〜」

説明を聞いて、更に疑問が深くなったような気もするが、手を合わせ拝むように何度も頭を下げる後輩に絆されて「1本だけでいいだろ?そんなには食べられないからね」とヤンがバナナに手を伸ばした。
「だからって、なんで俺達がバナナでメシ前なんだよ!」とブツブツ文句を言いながら、ラップも手に取る。アッテンボローは「ひとりずつお願いします」と声をかけると、ビデオカメラをヤンに向けた。
皮を剥いて齧ろうとしたヤンは、しかし、バナナを咥えたまま視線を彷徨わせた後、弱り切った声を上げる。

「アッテンボロー、ふたり同時に食べちゃダメかい?じっと見られていると、その、食べ難いよ」

大体、ものを食べる姿を注視されること自体、あまり気分のいいものじゃないだろう。まして撮影されるとなると尚更だ。人一倍照れ屋のヤンは、既に一見して判るほど頬を染めていた。

「あ、分かりました。じゃあご一緒にどうぞ。俺、適当に撮りますんで」

ふたりは同時にバナナを口にした。
幾らかマシになったとは言え、やはり気恥ずかしさは拭えない。年頃の青年が顔をつき合わせて黙々とバナナを食べる姿など、どう考えても妙なものだ。自然、相手と目を合わせないように、更には俯き加減になりながら、ラップは親の仇に向かうようにガツガツと、ヤンは元々食が細い所為もあって物静かにバナナを食べ終えた。
苦行を終えたように大きく息を吐き出すふたりの前で、アッテンボローは深々と頭を下げて礼を言う。
近くにあったゴミ箱にラップがバナナの皮を投げ入れようとすると、アッテンボローは慌ててポケットからポリ袋を取り出した。

「あ、ラップ先輩!皮はこちらにどうぞ!」
「ん?なんでだ。ゴミ箱がここにあるのに」
「いや、生ゴミですんで、俺、ちゃんと始末しますから」
「ふ〜ん?」

アッテンボローは皮を入れたポリ袋の口をきゅっと縛ると、バナナと一緒に紙に包んだ。

「あ、俺、この荷物を部屋に置いて、出直してきます。それじゃ!」

持って行って椅子の上にでも置いておけばいいのに、とヤンが言う間もなく、後輩は逃げるようにその場を去っていった。それに、沢山の映像が欲しいのなら、自分達だけをカフェテリアに呼び出したりせずに、食堂で配って撮影すれば簡単なのに…と。
当然のように浮かんだ疑問を、ヤンはなぜか口に出しそびれてしまったのだった。




翌朝―――
ヤンとラップが教室に入っていくと、部屋中がひとつの話題に沸きかえっていた。
曰く、ドーソン教官の入院。
生活指導担当として、その重箱の隅をつつくような異常な細かさと蛇のような執念深さで、恐らくは候補生達に最も敬遠されているだろう彼の不幸の顛末は、恰好の娯楽ネタとして語られていた。

候補生達による夜間巡回当番。それを指揮監督する役として交代で2名の教官や職員が当る。昨夜のひとりはそのドーソン教官だった。不幸な事故はすべての任務を終えて、彼が教職員棟に戻る入口で起こった。
グラウンドや中庭の土が建物内に上がるのを防ぐ目的で、すべての入口には『砂落としマット』が敷かれているが、彼はそこで足を滑らせて転び、腕を骨折した上に顎に裂傷を負った。マットの下には何者かによってバナナの皮がびっしりと敷かれていたというのである。もうひとりの当番だった職員が、その上を無事に通過した後の出来事だった。
既に調査が始まっているものの、大勢が出入りする場所で特定の人物を狙ったとは考えにくく、愉快犯、もしくは悪質な悪戯と考えられているようだった。

「こうさ、びったーーん!と前にコケたらしいぜ?それで床に顎を打ちつけて切ったんだと!」
「なんで腕を折ったんだ?」
「ブラックリストのファイルを胸の前に抱えるように持ってて、そのままコケたからさ!」
「かーーーーっ!見たかったぜー、その現場!!」

同調するようにどっと笑い声が上がる。
聞き耳を立てずとも十分な情報を得たヤンとラップは、互いに強張った表情で目を見交わし、さりげなく教室の隅に移動した。

「ハメられたな、ヤン」
「ああ。賭けてもいい。文化祭の企画とやらはでっち上げ、録画もしてないだろうね。2ヵ月後にわたし達が卒業すれば、証人はいなくなるし、出し物を確認されることもない」
「目的は皮だったんだな。けど、どうやってドーソンだけを引っ掛けることが出来るんだ?偶然か?」
「違う、と思う。アイツは用意周到に計画したんだ、きっと」

砂落としマットはかなりの重量がある。バナナの皮が敷かれていても、普通に歩いたぐらいでは多分滑らない。だが、ドーソンなら……。
あの何事にも細かい教官が、かなりの力を入れてしつこいぐらいに靴底を拭うこと、それを候補生達にも口煩く注意することを、誰よりも候補生達が一番よく知っている。巡回当番を監督する日は事前に判るし、出入りする時刻も予想できる。不特定多数の人間が通過する出入り口でも、夜間なら通る人間は限られ、ターゲット以外の者を巻き込む確率は低い。
そして、ターゲットを射止める確率は、格段に高い。

「このカラクリに気付くのは多分候補生だけだ。そして気付いたとしても……」
「恐らく、密告などしない、な」




その日の放課後―――
ヤンとラップは講義終了と同時に急いで後輩の教室を訪れた。
普段は犬コロのように纏わりついてくる後輩とは、昨日カフェテリアで別れて以来、顔を合わせていない。自分達の行動パターンを熟知した上で避けているとしか思えなかった。

級友と楽しげに談笑していたアッテンボローは、教室の入口で手招きするふたりの姿を見たとたん、顔を強張らせた。ロボットのようにギクシャクと歩いてくると、背中に物差しを入れられたように背筋を伸ばして敬礼する。士官学校内では当然のように行われる、だが、ヤンとラップには普段向けることのない礼だった。

「アッテンボロー?今度の文化祭にはOBとして遊びに来ようと思っているんだ。楽しみにしているからね」
「俺もさ。 ああ、出演料は週末の飲み会一回でチャラにしてやるよ」
「……あ、あの………せん、ぱい………」
「心配しなくていいよ。な?ラップ」
「そうそう。じゃ、また晩メシでな!」


ヤンと肩を並べて歩きながら、ラップは自分の中に芽生えたひとつの疑念を口に出せずにいた。

(アッテンボローは本当に録画をしていなかったのだろうか?)

あの時、恥ずかしがってずっと俯いていたヤンと違い、自分は結構視線を上げていた。アッテンボローの構えるカメラが、殆どの時間ヤンに向けられていたことは間違いない。この親友が、一部の学生の間で異常に人気があることをラップは知っていた。知らないのは、多分本人ぐらいだろう。
アッテンボローは一石二鳥を狙ったに違いない。
だが、今度アイツと顔を合わせたら「商売はするな」とだけは言っておかなければ、と思った。
ハメられて悪事の片棒を担がされたというのに、どこか晴れ晴れとした顔で歩いているヤンを見ながら、ラップは心の中で「言わぬが花」という古めかしい慣用句を繰り返し再生していた。



ラップの推理は見事に的を射ていた。
こっそりと耳打ちされた忠告に、アッテンボローは見る見るうちに顔色を変えた。
「俺だけのお宝VTRです」と小さな声で白状した後輩に、コイツもなのか…とラップは溜息を吐きつつヤンには秘密にすることを約束してやった。
たが、ラップも気付き得なかった秘密が、実はもうひとつあった。
アッテンボローはビデオから起こした画像にヤンだと判らないよう修正を加え、姉に教えられて以来すっかり夢中になってしまったあるウェブサイトの『果物企画』に、こっそりと投稿していたのだった。
実に彼は一石三鳥を狙い、見事に射止めたのだった。



End
2005/4/15

しんゆみさまの御殿【Palette Knife】さまの『果物企画』に参加させていただいた作品です。
「お読みになる方のお心次第で如何様にも膨らむ健全作品」を目指したつもりです(笑) 後は皆さまのお気持ち次第ということで・・・(闇笑)
しんゆみさま、拙い書き物を快くお受け取りくださいまして、ありがとうございました!

★★しんゆみさまにおねだりして、とっても素敵なイラストを描いていただきましたっ!!なんと、拙作の「一番萌え萌えなシーン」です!!(≧▽≦) 心の準備が出来た方は、こちらの星からどうぞ〜!(別窓開きます)→→ ★★



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